2011年7月20日水曜日

Public Lecture

毎週月曜日と水曜日の夜8時から、RegentCollege(リージェントカレッジ)の公開講座に出席しています。
60分の講義と30分の質疑応答で、どのレクチャーも興味深く、なかなか日本では聞けない
貴重な内容です。(雰囲気はこんな感じです↓)














その中でも、印象深かったレクチャーを上げると
・Alister McGrath教授のWhy God Won't Go Away: Reflections on the "New Atheism"
「新しい無神論についての考察」日本は自ら無神論者ですという人が多いですが、その精神や考え方について考えさせられる貴重な講義でした。
※講義の内容は無料のMP3が公開されています
http://www.regentaudio.com/RGDL4100L

・Chris Hall教授の「1+1+1=1・・三位一体のミステリーと素晴らしさ」
クリスチャンにとって理解が難しい「三位一体」について、過去から現在に至るまでの理解とそれを知ることの素晴らしさについてわかりやすく説明してくださいました。

・Grant Wacker教授のビリーグラハムから学ぶクリスチャン生活のガイドライン
ビリーグラハムの伝道人生から、
・あらゆる誘惑に負けなかったこと(単身での生活が続いたにも関わらず、スキャンダルは一切なかった)
・お金や数字に対して正直であったこと(伝道団は会計を公開し、彼の給与から使い道まで明らかにした、さらに伝道大会の参加者数を数える際も、一切誇大せず正確な数字を公表したこと)
・プライドや名誉を求めず、謙遜でありつづけたこと
→これらは、クリスチャン(伝道者にも)にとって大切なガイドラインだと思います。

・Larry Huratado教授の2‐3世紀のクリスチャンの文字や文献から学ぶその信仰
2‐3世紀のクリスチャンは当時の文字や書籍においてパイオニア的存在であった。彼らの信仰は個人用として書き写した聖書の言葉に支えられていて、2,000年近く昔の文献からその内容を知ることができる。特に、「Jesus」を指す文字には、キリストの十字架をイメージできるような象形文字に近いギリシャ語がつかわれており(実際にパワーポイントでイメージを説明)












※上から4行目右に丸で囲ってある部分が「Jesus」を指す単語
教授の説明によると、当時のクリスチャンは聖書の中でJesusという文字を見るたびに、キリストが十字架刑にかかる姿を想像したでしょうとのことです。2世紀のクリスチャンにとってはA.D.30年の出来事は現代の私たちにとって明治時代を想像するのと同様に、2,3世代前の出来事をよりリアルに思い浮かべたんだろうなと思いました。

・Roger Lundin教授の19‐20世紀詩人の神の探求
Emily Dickinsonに代表される19世紀詩人の神学的価値を探求しながら、現代の信仰とは何かを深く探る講義でした。目に見えない神をどのように信じるのか?いま私たちが暮らしている時代、国とは遠くかけ離れているイェス・キリストをどのように神の子として受け入れるのか・・・現代資本主義に組み込まれた、とっても忙しい私たちの生活ではなかなか見出すことのできない視点を、詩人が残した文献から読み取る内容でした。クリスチャンであっても「自分の中にある疑問を真剣に問い続ける」ことの大切さ(それが神を求める探求につながる)、そして新約聖書のピリピ人への手紙2章5‐8節にパウロが記した「キリストの服従に倣う」ことの大切さ(探求の答えは聖書の中にある)を学びました。
質疑応答のなかで、教授が「私たちの自己は、何個も存在するメールアカウントの中にあるのではなく、もっとも親密な人間関係の中で見出すことができる。。」とコメントされていたのが印象的です。いくつもの仮面(社会の中で作り上げた人格・・・最近の例では、Facebook、Mixi、Gmail、職場のメールアカウント、肩書きの入った名刺などなど)、を持つ私たちですが、本当の自分に心から問いかける時間がどれだけあるでしょうか? 真実な自分でありたいと心から願う教会での自分も、実は真実になりきれない部分があったり。。礼拝とディボーション(黙想と祈り)の時間が私たちの心を、真に映し出す時間になって欲しいと願います。


まだ英語修行中のため、講義の理解度は50%程度ですが、終わったあとに分からなかったところを講師に直接聞きにいけるので、とても助かります。公開講座も7月一杯で終わりますが、残り3講義も期待して出席し続けたいと思います。


(UBCのLearning Centerの勉強部屋から空を眺める・・空がとてもきれいなのです)




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